2011年5月31日火曜日

針を蔵に積みても?

小学校でも裁縫は苦手だった。今日も大苦戦だった。
 カッパのポケットにほころびが出来、ほっとけば全壊という状態だったのを今日の天気でカッパが乾いてたんで思い切って直すことにした。生地が暑くて針が通りにくく裏地にメッシュを使ってるんで、素人にはちょっと無理だったのを強行してしまった。
 ボタン付けでも最低1回は指に注射してしまうんだが今日もやった。しかも先端ではなく糸通しの部分でである。生地が厚くて指で力いっぱい押したら刺さっちまったんである。
 ぶきっちょも通り越してるかもしれない。が、糸通しは裸眼で出来ることが分かった。老眼鏡ではダメでやけになって裸眼でやったところ、このほうが見やすいんである。近視と老眼の相殺?
 タイトルの意は”少しづつ貯めても浪費してたら云々”という戒めらしい。

 午後は50日ぶりのジム。最初の計測でまた危険領域にズッポリ入ってることを確認した。
案の定5kでランニングはダウン!やはり痩せなきゃダメかな?久しぶりということもあって、また週2回のペースに戻して様子を見ることにした。

 やはり適度な運動がないと体力の低下はくい止められないようである。引きこもり生活と間食(大分減らしたはずなんだが)が長期間にわたってしまったのが最大の原因だが、3食もたべすぎの感あり。

非常に辛いことであるが19才と同じ量は多すぎたかもしれないので今後減らすことに決めた。即明日から実行である。

 今夜のメニューは「アスパラと赤ピーマンとかまぼこ(レシピはささみ)の胡麻和え」、「あさがお菜(初顔、茨城産、空芯菜似)のにんにく炒め」、「長芋のとろろ汁」、「鮭ときゅうりの混ぜずし」。

 夕飯前に安岡章太郎と倉橋由美子のエッセイを読んだ。安岡の方は高知で生まれただけということで、昭和40年代の文には高知のことをくそみそに書いてあった。高度成長期のその発展の仕方にセンスが良さがまるで見られず醜悪に感じたそうである。
 彼の本元は東京なんである。しかし高知県人が読んだら不愉快極まりないだろうなぁ。
ほかのものでは「沖縄病」ってのが面白かった。本土復帰前でも沖縄から受ける影響ってのに共感をもった。そのほかは東京や近郊の話なんで飛ばした。高知のことも1題しかなかった。

 倉橋の方も高知県人気質についての考察は決して高知県人を喜ばせるものとは程遠く、ちょっと高知に対して良いイメージが湧いてこないんだがなぁ。

 ただ、先日調べておいたんだが宿泊先のホテル周辺には銭湯も多いし、何といっても飲み屋がたくさんあるのだ。これならいいのだ。これでいいのだ。
 

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