2018年2月9日金曜日

バークにまかせない

2月8日。星期四。           130/78。63.0kg。

 ラジオのCMにうんざりする。自作自演のインチキ丸出しで長々やられているのは苦痛以外の何物でもない。ビッグモーター....他社より20万円以上の買い取り事例....って何回あったんだよ、って聞きたいね。たった1回あったことぐらいで大げさに叫ぶな。新宿事務所....低俗ドラマづくりはやめたら.....誰も信じないよ。それと叫ぶな!!。スピードラーニング....もっと短くしてくんない。赤ちゃんを引き合いに出すな!!。荷風先生だったらもっと激して言うんだろうな。

 2時に起床。と言ってもベッドの中で4時近くまで読書して過ごす。荷風先生の「雪解」。自身を商売に失敗して無一文になって家族も失ってその日暮らしになった主人公にしている。一人暮らしの主人公が成長した娘と再会したことで自らを見つめなおす心情の動きを綴った短編である。もちろん荷風自身は生涯独身だったので、この娘っていうのはその昔かこったことのある若い娼婦なのかもしれない。実に艶があり、寂寥感もたっぷり漂った1編だった。季節的にもピッタリの作品。おお寒。

 早朝キッチンは「カレー(ハウスバーモント・中辛)」、塩鮭を使った「ガーリックフレーク」、「秋刀魚醤」。朝食を挟んでたっぷり2時間の作業だった。
 
 買い物の後、倉庫に置いてあったゼラニウムを出し、硬くなった土の表面をほぐして、追肥をしてからピートモスでマルチングを施した。今回マルチングの方法も色いろあることを学んだ。すぐ浮かぶのは黒ビニールやバークだったが、黒ビニールはともかくバークは手に入りやすいので買いに行くことも考えていたが、調べたら手持ちにあるピートモスでの対応もよしということがわかった。 弱ってたゼラニウムにまた元気になってほしいものだ。

 読書は「断腸亭日乗」。昭和20年、敗戦の年である。日本の海外に対して犯した罪と戦後の困窮と混乱を「因果応報」と断言する姿勢はさすがである。ここまで読んできて気がついたのは「月」に関する記述が多いことと、同じく草木や庭に来る鳥などの観察も多いことである。まさに「花鳥風月」の作家だったのだ。ここで言う「風」は天候であり、晩年は記述が少なくなるが、天候は欠かさない。

 昼食はわかめそば」。食後ケイのにぃにぃがレモンスカッシュ(昭和人は「レスカ」と呼ぶ)を作ってくれた。

 午後、弓道場へ行き、退会届を出す。これですべての習い事と決別したことになった。金のかかることをなるべくしないように心がけなければならぬ高齢者年金生活のスタートでもある。

 帰宅後、読書。荷風先生は当時の売春事情の調査も怠らない。自身が素人さんを相手にしないという信条を終生守りぬいたことは有名であり、当然その辺りの事情とか金額なども克明に書いている。昭和18年ころから22年あたりまでの日記は記述が多く、その後徐々に少なくなってきている。東京脱出(疎開)や帰京などの記述は緊迫感があり、まるでドキュメンタリー映画を観ているようだ。23年までの東京の復興に関するものも非常に興味深いものだった。
 終盤は小学生低学年の夏休み日記の様相を呈する。その間際の浅草は吾妻橋でのエピソードが良い。橋の手前でタバコの火をくれた立ちんぼとのやりとりが実に艶っぽく描かれていてあり、自身もその女といろいろ話して小説のネタにしてしまおうとしている自分を笑う自虐的な記述は実に印象的な光景が浮かんでくる。                                           昭和34年3月1日に、浅草で具合が悪くなり、歩行もままならなくなり車で帰途について以来、浅草には二度と出向くこともなく4月30日に亡くなった。誰にも迷惑をかけず、死の寸前まで独居生活を全うしたという理想の生き方を見せてくれた。
 で、俺が昭和32、3年頃から36年まで住んでいた平井&新小岩に、荷風先生は32年ころまで度々訪れていることが日記に載っており、平井の遊郭街(まさに俺がそこに住んでいた)の散歩や小岩や新小岩の商店街での買い物などをしていたのである。もしかすると、通りにろう石で絵を書いている俺の脇を先生が通り過ぎていたかもしれない。
 俺が住みたい場所No.1の越中島周辺は先生も愛した場所であり、散歩も多いし、舞台にした小説も多い。それでも終焉の場所(本八幡)がクローズアップされすぎている感があるが、越中島周辺も含め、向島(「濹東綺譚」)や浅草にしても先生は何処に在りても、そこに慣れ親しみ花鳥風月を吟ずるスタイルを貫き通しただろうと思う。まさに自立文化人。

 夕食は「カレー」、「コールスロー風サラダ」。サラダにはキャベツ・ルッコラ・ガーリックフレーク使用。
 発泡酒~チリ産ソーヴィニヨンブラン種ワイン~ウイスキーをちびちびやりながらTV鑑賞。「入りにくい居酒屋・スイスはベルン編~オーストラリア・メルボルン編」。スイスの「チキンカツ」、オーストラリアの「フイッシュフライ」が美味そうだった。共通してたのはスイスのはイタリア料理のナスを使ったカツのレシピの応用であり、オーストラリアのフライはイギリスの「フイッシュ&チップス」の応用で使っているのはサメであることだ。これは自宅でも作れそうだ。
 ダウン時刻不明。かなり酔った。

 

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