2013年2月12日火曜日

”食い歩き”と”歩き食い”

昨夜のメニューは「キャベツのコチュマヨ炒め」、「水菜といり卵のサラダ」、「大根の醤油麹汁」。それにスーパーで見つけた新野菜「あーさい」の茹でたもの。初めてなんでシンプルにマヨネーズで食してみた。原産は中国四川省で今回買ったものは佐賀県農協となっていた。
 ほとんど癖がなくなんにでもあわせられるんじゃないかな。


午前中に「塩麹」の仕込み。50枚あった紫蘇をつかって「紫蘇味噌」の製作。これも10日間留守するための準備の一環である。


 こうやって食料の在庫整理をしていると、自然に食文化そのものに興味を持つようになる。無駄を嫌う性格がさらに強くさせている。
 たとえば自宅の下は駅から近い歩道なので、未明のうちから人が行きかう。建物の隣にコンビニがあるのでなおさらである。ベランダからよく目にするのが物食いながら歩く人である。目だって増えた気がする。もちろん子供の話ではない。
 俺たちの時代にも歩きながら食ったりしてたが、非常にみっともないことであることを承知してのことであり、いきがってやってたんだろうし、そうすることで自由や開放感を味わってた気がする。
 今見る人たちからはそんな気配は感じられない。若い連中から高齢者まで、その年代層は広く、その姿はちょうど飛行機の空中給油みたいだ。歩く速度は食べていようがいまいが変わらない。

 そういえばタバコを吸いながら歩く奴らの速度も昔に比べて早い気がする。その姿は蒸気機関車である。スマアホを見ながら歩く奴らもそのうち今より早くなるんだろうか?

 こいつら総じて破滅に向かって突き進んだ先の大戦のわが糞日本の姿そのものに見えてくる。その大戦の後始末を背負った世代さえその仲間に加わってるんである。それはもう悲壮感なんかまるで感じられず、おばかな国に住んでることだけを再認識させてくれるんである。


 

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