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昨日は朝から寝るまで映画鑑賞。
外は真夏日で最高気温も34度以上の予報が出てたし、1日を通して孤食で、買い物に出る必要もなし。二つの習い事は当初から体調不良のため休むつもりでいたので、環境は整っていた。
まずは、途中まで見ていたものから。中断してどのくらい経ったんだろうか?
「花嫁と角砂糖」。イラン映画。国営放送でなきゃまずTVで」お目にかかれない作品である。結婚前夜祭?や葬式が全編を流れ、大家族のそれぞれの人間像が描かれる。それだけでも結構忙しいのに、悪ガキなんかがいたずらするし、うっかりすると花嫁をほっぱらかしにしてしまったりしてしまいそうになるが、基本的にはとても優しい作品である。「壊れかけのレディオ」の小道具の使い方もGOOD!である。
「我が大草原の母」。半分モンゴル語、半分中国語。都市部の飢饉により捨てられた子供を国が移送し、モンゴルへ里子とする話にまつわるドラマである。当然訪れるであろう悲劇も予想通りの展開であり、正統派のドラマで、政党はもちろん共産党である。もらわれ子(語り部)役が幼少期が梅干し顔で、成人するとめちゃイケメンなのが気になったが、母親役の演技が良すぎてその辺もうまくまとまった。郷愁的なのは仕方ないことなんだろうが、下放された教師がモンゴルで暖かく迎え入れられたエピソードが印象に残った。モンゴルの懐の深さということなんだろうなぁ。
あぁ、モンゴルの夜明けのミルクティー飲みたいなぁ~。
「風の音、愛の歌」。タイ映画。
3つの話が並行して語られる、癒し系(をねらった)作品。玉木宏と別所哲也を足して2で割ったような兄と上野樹里似の知的障害ある妹、そして生瀬勝久似の作曲家が3人でオーケストラ楽曲つくりの音源探しのロードムービー、が主軸になるはずだったんじゃないのかな?
これに軍医の父を亡くした母子の喪失感、3代にわたる靴屋の暖簾繁盛記などが盛り込まれて、締まりがなくなったものになってしまった。感傷的な部分だけで引っ張ろうとしてきた韓国映画の影響をもろに受けてしまったんだろうなぁ。十分に3本の作品になる可能性もあるのに、本の練られ方がまるで足りない。
「マイライアズアドッグ」。L・ハルストレム監督初期作品。で、あまりにも有名な作品で、評価も高いし、日本でも成功したんじゃないかな。俺としては「サイダーハウスルール」が強烈だったんで、後で観たこちらの印象が薄かったんだが、改めて今回観てその素晴らしさを味わった。
母親の狂気じみた行為、そして都会においては事務的に処理されてしまう親子関係やペットに対する扱いなどと、田舎のバカ騒ぎ(ゆるさゆえの)と牧歌的な人間関係が実にうまく織り込まれていて、単なるメルヘン映画ではないことがわかる。
「ザ・バンク 堕ちた巨像」。現在続々と作られる、いわゆるクライムサスペンスって、ペースが速くて途中で突っ込みなんかのいれようもないのは、やはり反応の遅くなった年齢のせいかもしれないが、ゲームができないのもそれと同じようなものなんだろうな。巨大な悪がちっぽけな一人の人間によって倒せるかもしれない、といったいちるの望みを残しながらも、やはり、といった内容である。が、進行も冗長化せず、十分出来の良い娯楽作品になっている。役者も地味目で興行的にはちときつかったんじゃないかな?
「愛のメモリー」。主題歌は松崎しげるではない。40年前の作品だけに突っ込みどこ満載のサスペンス映画である。が、基本にはなくした妻と娘に対する偏執的とも思える主人公の「愛の彷徨」といったものであり、それを外すと、本当に陳腐な3流サスペンスになっちまうという、危なっかしい作品である。ラストシーンでの主人公の表情が変化する場面が良かったな。
「そんな彼なら捨てちゃえば?」。ひどい、お粗末な、おばかなアメリカ映画。こんなのがヒットしたっていうんだから信じられないよな。監督は無理としても、ウッディアレンに脚本だけでも校正させてもらえれば、観られたもんになったんじゃないかな?ソーシャルネットワークでうんざりしてる女性の独白が真に迫ってて良かった、ぐらい?あと、S・ヨハンソンのお尻と胸。
合計7本立て。
途中で、昼食のメニューは弁当の残りで「牛肉のオイスタソース炒め」、「しめじと搾菜の和え物」、「ピーマン・タマネギ・人参の麺つゆ炒め」、「キャベツと人参の粒マスタード和え」。
夕食のメニューは「カレー豆腐」、「ぬか漬け・きゅうり」。5日連続酒抜き。
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