とにかく若いうちにもっと本を読んどけば良かったと後悔しても仕方ないんである。しかし年食ってから読んでまた違った感想を持つことも趣深いことである。
漱石の”こころ”はまさにその好例となった。多分中学か高校あたりで読んだか読まされたかしてるはずであり、筋はもちろん覚えてるが今回読み直して随分印象が変わった。
特に”私”が帰省して親の死に際に臨むあたりの描写の記憶がまるでなかったので、新鮮な気持ちで興味深く読めた。また、”先生”の手紙はこんなに緊張感あふれた描写だったことに驚いた。
素晴らしい作品である。若いうちに読めばそれなりの、年食って読めば更に深く理解あるいは共鳴できるものを見つけられるんじゃないかと思う。人生の途中に悔恨を残して来て、身近に死を意識しだすこの年になればなおさらのこと。
もっとも漱石は最後の3分の1の章を書きたいがためにその前の2章を書いたのではないかと思える。最初の先生と私の出会い、私が親の臨終を見届けずに記者に飛び乗るなど、およそ無理な展開を承知で書いてしまったのも最後の章に無理やりつなげるためだったのではないか?
物語としてよりも人生論としての形に近いんではないだろうか?それゆえ課題図書に選ばれているのでは?
これを読んでた頃にビージーズというグループの曲がよくラジオでかかってた。今日はそれを流しながら台所に立って作業した。
今夜のメニューは”八宝菜”、”ワンタンスープ”、”大根の皮のきんぴら”。
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