小学校でも裁縫は苦手だった。今日も大苦戦だった。
カッパのポケットにほころびが出来、ほっとけば全壊という状態だったのを今日の天気でカッパが乾いてたんで思い切って直すことにした。生地が暑くて針が通りにくく裏地にメッシュを使ってるんで、素人にはちょっと無理だったのを強行してしまった。
ボタン付けでも最低1回は指に注射してしまうんだが今日もやった。しかも先端ではなく糸通しの部分でである。生地が厚くて指で力いっぱい押したら刺さっちまったんである。
ぶきっちょも通り越してるかもしれない。が、糸通しは裸眼で出来ることが分かった。老眼鏡ではダメでやけになって裸眼でやったところ、このほうが見やすいんである。近視と老眼の相殺?
タイトルの意は”少しづつ貯めても浪費してたら云々”という戒めらしい。
午後は50日ぶりのジム。最初の計測でまた危険領域にズッポリ入ってることを確認した。
案の定5kでランニングはダウン!やはり痩せなきゃダメかな?久しぶりということもあって、また週2回のペースに戻して様子を見ることにした。
やはり適度な運動がないと体力の低下はくい止められないようである。引きこもり生活と間食(大分減らしたはずなんだが)が長期間にわたってしまったのが最大の原因だが、3食もたべすぎの感あり。
非常に辛いことであるが19才と同じ量は多すぎたかもしれないので今後減らすことに決めた。即明日から実行である。
今夜のメニューは「アスパラと赤ピーマンとかまぼこ(レシピはささみ)の胡麻和え」、「あさがお菜(初顔、茨城産、空芯菜似)のにんにく炒め」、「長芋のとろろ汁」、「鮭ときゅうりの混ぜずし」。
夕飯前に安岡章太郎と倉橋由美子のエッセイを読んだ。安岡の方は高知で生まれただけということで、昭和40年代の文には高知のことをくそみそに書いてあった。高度成長期のその発展の仕方にセンスが良さがまるで見られず醜悪に感じたそうである。
彼の本元は東京なんである。しかし高知県人が読んだら不愉快極まりないだろうなぁ。
ほかのものでは「沖縄病」ってのが面白かった。本土復帰前でも沖縄から受ける影響ってのに共感をもった。そのほかは東京や近郊の話なんで飛ばした。高知のことも1題しかなかった。
倉橋の方も高知県人気質についての考察は決して高知県人を喜ばせるものとは程遠く、ちょっと高知に対して良いイメージが湧いてこないんだがなぁ。
ただ、先日調べておいたんだが宿泊先のホテル周辺には銭湯も多いし、何といっても飲み屋がたくさんあるのだ。これならいいのだ。これでいいのだ。
やたらに他人とか世間と比較して生きる人が多くて、ちょっと疲れ気味なんじゃないか?最近ようやく自分のペースがつかめてきた感じ、と思ったら残り人生あとわずか。それでもこのペースは変えたくないもんだ。やわらかく生きたいもんだねぇ。
2011年5月30日月曜日
献立の人
今日は献立づくりにいつもより時間がかかった。というのは夏用のレシピ本が3冊あるからだ。
2006年から2008年まで。なぜ続けて夏ばかり買ったのか理由がわからない。他の季節は1冊づつしかないのに。
それぞれ版元が違うので似たようなものも結構ある。素材が同じなら家庭料理は余程冒険しなけりゃ作るものは似たようなものが多い。
毎週日曜か月曜に大体五日分の献立を作ってしまう。週末は残った素材からレシピを探し、残さないように使い切ってしまう。このパターンで材料を無駄にしたことはほとんどない。しかも二人分以上作らないんで残っても次の日には消化してしまうので残滓はまず出ない。
それにしても献立、スーパーのチラシのチェック、買い物、下ごしらえ、調理、片付けと食に関わる時間の1日に占める割合の何と多いことか。主婦(主夫)の3大事業のうちで一番大変なことが良くわかるというものだ。
今日の一本は「恍惚の人」。昭和48年の映画である。
最近読んだ本でもあり、大体予想していた通りの仕上がりになっている。そつなく映画化したというと聞こえが悪いが、職人の仕事であるということだ。要は観客を満足させてくれりゃいいんである。
森繁久弥の糞まみれの演技、高峰秀子の素っ頓狂な声を張り上げるシーンなど訴え方も実直でわかりやすい、良い作品である。「間違いだらけの認知対策」というサブタイトルを付けてヘルパーの講習会で見せてもらいたかった位である。
今夜のメニューは「きゅうりのもずく合え」、「豆腐のバーベキュー、夏野菜焼き添え」、「セロリとわかめのスープ」、「おつまみさつま揚げ(同居人のお土産)」。
2006年から2008年まで。なぜ続けて夏ばかり買ったのか理由がわからない。他の季節は1冊づつしかないのに。
それぞれ版元が違うので似たようなものも結構ある。素材が同じなら家庭料理は余程冒険しなけりゃ作るものは似たようなものが多い。
毎週日曜か月曜に大体五日分の献立を作ってしまう。週末は残った素材からレシピを探し、残さないように使い切ってしまう。このパターンで材料を無駄にしたことはほとんどない。しかも二人分以上作らないんで残っても次の日には消化してしまうので残滓はまず出ない。
それにしても献立、スーパーのチラシのチェック、買い物、下ごしらえ、調理、片付けと食に関わる時間の1日に占める割合の何と多いことか。主婦(主夫)の3大事業のうちで一番大変なことが良くわかるというものだ。
今日の一本は「恍惚の人」。昭和48年の映画である。
最近読んだ本でもあり、大体予想していた通りの仕上がりになっている。そつなく映画化したというと聞こえが悪いが、職人の仕事であるということだ。要は観客を満足させてくれりゃいいんである。
森繁久弥の糞まみれの演技、高峰秀子の素っ頓狂な声を張り上げるシーンなど訴え方も実直でわかりやすい、良い作品である。「間違いだらけの認知対策」というサブタイトルを付けてヘルパーの講習会で見せてもらいたかった位である。
今夜のメニューは「きゅうりのもずく合え」、「豆腐のバーベキュー、夏野菜焼き添え」、「セロリとわかめのスープ」、「おつまみさつま揚げ(同居人のお土産)」。
2011年5月29日日曜日
たまのお出かけも雨だった
土日の二日間で5本の作品鑑賞。
「父帰る」。ロシア映画である。12年ぶりに帰ってきた親父と二人の子供の小旅行。とにかく徹底的に説明を省きまくった作品。とりつく島のない、といっても作品の中で3人は島にたどり着くんだが。
これだけ説明が無くて評価はできないが、唯一レストランでウエイトレスのケツを追いかける親父の視線、あれは何?景色はOKですねぇ。親父が佐藤優似なんでロシア人に多い顔なのかな?だけど佐藤さんは日本人だよな。
「カミーラ」。老女と若い女の心の交流を描いた半ロードムービー、半音楽映画?こちらは言葉による説明がやたらに多いんで、ワンカットで終わってしまうのかと思ったくらいである。制作費の関係なのかな?
わずかばかりのシリアスなエピソードで全体のおとぎ話づくりが台無しになってしまった作品である。いっそのことミュージカルにしたほうがいいんじゃない?
「ウォルター少年の」。本題忘れた。原題は「中古のライオン」。老人と少年の心の交流という典型的な王道パターンであるが、如何せん中途半端の感が強く残ってしまった。過去の活劇シーンの延長でこれもミュージカルにしたらよかったんじゃないかな?Mケインはともかく、Rヂュパルの歌は聞けるからなぁ。
「美しき運命の傷痕」。美しいかどうかはともかく、三姉妹の不幸な生い立ちの原点である父親の過ちに、強烈なインパクトが終盤になってなくなってしまうことが致命的に映画のレベルを下げちゃった。
冤罪になりようがない話であり、その後の三姉妹の描き方もやりすぎ感が強いし、最後のまとめ方が生きてこない。母親の描き方も不足気味である。それにしてもこのオバァさんがCブーケ、40年前のスクリーン誌でグラビアを飾ってた記憶があるんだが、この作品ではとても怖い認知症?の役。
「約束の旅路」。イスラエルにユダヤ人を装って入植したエチオピア人の成長物語である。この社会問題について余りにも無知なんでコメントが出せない。ただ主人公の成人してからの描き方が少し乱暴であり最後のシーンの余韻は残らない。それに2時間半は長すぎる。
引きこもりが続いたんで金曜日の午後は久しぶりの外出だった。
まずは錦糸町で買い物。やおしょう、店の表は囲むようにして野菜が並んでるんで名前からしても八百屋のようだが実態は輸入食材専門店である。
アメ横の地下のむら珍の対面にあるお店と似たようなものが置いてあるんだがこちらの方が品数は多い。ここでバゴーン(焼きそばではなく、海老味噌)、パティス(フィリピンのナンプラー)、サンバル、ナムプリックパオそして後でのどが渇いたときに飲むルートビア。今回はフィリピン、インドネシア、タイの調味料を買ったが、他にも中国、ベトナムなども充実している。
そのあと亀戸天神へ御札を納めにまいりやんした。今年の初詣で同居人の合格祈願でもとめたものである。ちゃんと御礼してきやした。
さらに足を伸ばして新小岩へゆき、ちょうど区境にある江戸川区中央図書館へ行った。ここで昭和36年の平井周辺の地図を見るためである。
館員に出してもらい調べたがやはり見つからなかった。4.5才の頃住んでいた場所を探しに来たんである。地番は詳しく載ってるが建物や店名などは出てない。
そこは広い敷地で「いちらく(漢字が?)」という割烹旅館があり、そのはずれにあった掘っ立て小屋みたいなところで家族4人暮らしてたんである。
新小岩の隣の平井を歩き、記憶をたどろうとしたが余りにも変わってしまっていてまるで見当がつかない。それでも諦めずに歩くと、わずかな記憶に残る場所があった。
総武線ガードしたから500m位離れた路地である。
母はその割烹旅館で女中、兄は中卒後アルバイト、家には誰もいないので親父が帰ってくるこの路地で一人で遊んでたんである。今なら鍵っ子ってやつだ。ちょうどこの路地の角にお菓子屋があって夜も時頃までやってたんだろうか?明かりがあるんでその近くで何をやってたんだか。
その近くの家の前に立っていた男性に話しかけてみた。しばらく昔話など聞いていたが年は80をすぎてるから刺賀に年前の記憶もこちらとは違い正確である。御菓子屋の位置は1本離れた路地であった。「いちらく」、名は覚えてたが位置はあやふやだった。それにその周辺を花柳と呼んでいた。
駅から歩いて5分くらいのところであるそこらは当時飲み屋街であり街灯は暗いものだったが店の明かりが多くて現在よりも夜が明るかったってさ。その時代にこの年で来てみたかったな。そんな話聞いたら急に飲みたくなってしまった。もっともこの日は友人Tと待ち合わせしていて飲むことになってたんである。
偶然だがこの立ち話をしていた場所から2軒隣りが目指す店だったんである。
時間通りにTと駅で落ち合い再びそこへ戻った。ほぼ満席だが座敷席が空いてたんで相席することもなくたっぷりゆっくり飲むことができた。「しろ、たれで6本」、「はもの天ぷら」、「タチウオのたたき」、ビールに酎ハイ、冷酒。満足の一夜だ。
土曜日は休息日。だが長女も参加の夕食ということで。普段の量で多品種制作。
「たけのこ、ちくわのピリ辛炒め」、「大根とベーコンのスープ」、「オクラ納豆」、「青梗菜のナムル」、「大根ステーキ」、「五目鮨」。
今夜のメニューは「卵とアスパラ炒め」、「たけのこ土佐煮」、「大根とツナのカレースープ」、「大根煮物(いただきもの)」。
「父帰る」。ロシア映画である。12年ぶりに帰ってきた親父と二人の子供の小旅行。とにかく徹底的に説明を省きまくった作品。とりつく島のない、といっても作品の中で3人は島にたどり着くんだが。
これだけ説明が無くて評価はできないが、唯一レストランでウエイトレスのケツを追いかける親父の視線、あれは何?景色はOKですねぇ。親父が佐藤優似なんでロシア人に多い顔なのかな?だけど佐藤さんは日本人だよな。
「カミーラ」。老女と若い女の心の交流を描いた半ロードムービー、半音楽映画?こちらは言葉による説明がやたらに多いんで、ワンカットで終わってしまうのかと思ったくらいである。制作費の関係なのかな?
わずかばかりのシリアスなエピソードで全体のおとぎ話づくりが台無しになってしまった作品である。いっそのことミュージカルにしたほうがいいんじゃない?
「ウォルター少年の」。本題忘れた。原題は「中古のライオン」。老人と少年の心の交流という典型的な王道パターンであるが、如何せん中途半端の感が強く残ってしまった。過去の活劇シーンの延長でこれもミュージカルにしたらよかったんじゃないかな?Mケインはともかく、Rヂュパルの歌は聞けるからなぁ。
「美しき運命の傷痕」。美しいかどうかはともかく、三姉妹の不幸な生い立ちの原点である父親の過ちに、強烈なインパクトが終盤になってなくなってしまうことが致命的に映画のレベルを下げちゃった。
冤罪になりようがない話であり、その後の三姉妹の描き方もやりすぎ感が強いし、最後のまとめ方が生きてこない。母親の描き方も不足気味である。それにしてもこのオバァさんがCブーケ、40年前のスクリーン誌でグラビアを飾ってた記憶があるんだが、この作品ではとても怖い認知症?の役。
「約束の旅路」。イスラエルにユダヤ人を装って入植したエチオピア人の成長物語である。この社会問題について余りにも無知なんでコメントが出せない。ただ主人公の成人してからの描き方が少し乱暴であり最後のシーンの余韻は残らない。それに2時間半は長すぎる。
引きこもりが続いたんで金曜日の午後は久しぶりの外出だった。
まずは錦糸町で買い物。やおしょう、店の表は囲むようにして野菜が並んでるんで名前からしても八百屋のようだが実態は輸入食材専門店である。
アメ横の地下のむら珍の対面にあるお店と似たようなものが置いてあるんだがこちらの方が品数は多い。ここでバゴーン(焼きそばではなく、海老味噌)、パティス(フィリピンのナンプラー)、サンバル、ナムプリックパオそして後でのどが渇いたときに飲むルートビア。今回はフィリピン、インドネシア、タイの調味料を買ったが、他にも中国、ベトナムなども充実している。
そのあと亀戸天神へ御札を納めにまいりやんした。今年の初詣で同居人の合格祈願でもとめたものである。ちゃんと御礼してきやした。
さらに足を伸ばして新小岩へゆき、ちょうど区境にある江戸川区中央図書館へ行った。ここで昭和36年の平井周辺の地図を見るためである。
館員に出してもらい調べたがやはり見つからなかった。4.5才の頃住んでいた場所を探しに来たんである。地番は詳しく載ってるが建物や店名などは出てない。
そこは広い敷地で「いちらく(漢字が?)」という割烹旅館があり、そのはずれにあった掘っ立て小屋みたいなところで家族4人暮らしてたんである。
新小岩の隣の平井を歩き、記憶をたどろうとしたが余りにも変わってしまっていてまるで見当がつかない。それでも諦めずに歩くと、わずかな記憶に残る場所があった。
総武線ガードしたから500m位離れた路地である。
母はその割烹旅館で女中、兄は中卒後アルバイト、家には誰もいないので親父が帰ってくるこの路地で一人で遊んでたんである。今なら鍵っ子ってやつだ。ちょうどこの路地の角にお菓子屋があって夜も時頃までやってたんだろうか?明かりがあるんでその近くで何をやってたんだか。
その近くの家の前に立っていた男性に話しかけてみた。しばらく昔話など聞いていたが年は80をすぎてるから刺賀に年前の記憶もこちらとは違い正確である。御菓子屋の位置は1本離れた路地であった。「いちらく」、名は覚えてたが位置はあやふやだった。それにその周辺を花柳と呼んでいた。
駅から歩いて5分くらいのところであるそこらは当時飲み屋街であり街灯は暗いものだったが店の明かりが多くて現在よりも夜が明るかったってさ。その時代にこの年で来てみたかったな。そんな話聞いたら急に飲みたくなってしまった。もっともこの日は友人Tと待ち合わせしていて飲むことになってたんである。
偶然だがこの立ち話をしていた場所から2軒隣りが目指す店だったんである。
時間通りにTと駅で落ち合い再びそこへ戻った。ほぼ満席だが座敷席が空いてたんで相席することもなくたっぷりゆっくり飲むことができた。「しろ、たれで6本」、「はもの天ぷら」、「タチウオのたたき」、ビールに酎ハイ、冷酒。満足の一夜だ。
土曜日は休息日。だが長女も参加の夕食ということで。普段の量で多品種制作。
「たけのこ、ちくわのピリ辛炒め」、「大根とベーコンのスープ」、「オクラ納豆」、「青梗菜のナムル」、「大根ステーキ」、「五目鮨」。
今夜のメニューは「卵とアスパラ炒め」、「たけのこ土佐煮」、「大根とツナのカレースープ」、「大根煮物(いただきもの)」。
2011年5月26日木曜日
損もまさに良し
孫正義氏の義援金が問題になってたな。金額が大きかったのはよかったが本当に入金(どこに?)されたのかどうか確認とれていなかったらしい。
そういえば義援金をまとめてる赤十字も対応が遅くて被災者の手には渡ってないらしい。義援金を出した人も使い道に注文をつけられるわけでもないから文句も言わないんだろうが、はなから赤十字を信用していない自分としては赤十字を通すなら絶対出さない!
赤十字の使い込み事件は以前にもあったんであり皆さんお忘れになった方が多いんであきれてるんですわ。雪印にしても清水健太郎にしてもおんなじことで悪い奴はなかなか更生しないのは企業も個人も変わりないんである。
雪印の品は2度と買わないようにしている。東京電力もできれば使いたくない。電力が自由化になったら即刻他社に乗り換えるつもりだ。
ところで先日ポイントを義援金に変えてくれるJR東日本のサービス、あれはまさか赤十字にいくんじゃ~?確認とってもしそうならばキャンセルするか?ちょっと面倒くさいなぁ。
明日は高知旅行の打ち合わせで友人Tと飲む予定である。ということで高知県にゆかりのある作家の本をこの機会に読んでおこうと思いネットで検索してみた。
その中で気なったのが安岡章太郎、倉橋由美子、寺田寅彦。寺田寅彦は漱石の「三四郎」のモデルになった人で安岡は寺田と親戚関係にあるということだ。安岡のは高校時代読んでいるがまるで記憶がないんで再読しませう。倉橋はちょっと前から気になってたし、寺田は以前もってて手放した本を読んでみるかな。
今日は1本だけ。「ビヨンドサイレンス」。有名なドイツ映画であることは後で知った。
聾唖者夫婦の子供の成長物語。先日の「名もなき~」といい障害者の苦労話は見ていても辛いものだが特にコミュニケーションの歯がゆさったらないねぇ。それでも理性的になれば必ず通じ合えるものだということによるハッピーエンドは両作品に通じており難しい理屈抜きで観て感動する作品である。
話のテンポ、カットの繋ぎ、過去の導入部などそつがなく完成度も高い。
今夜のメニューは「肉団子とれんこんの煮物」、「豆腐とセロリとピーナッツのサラダ」、「もやしの味噌汁」、「大根の梅酢漬け」、「茹でそら豆」。
そういえば義援金をまとめてる赤十字も対応が遅くて被災者の手には渡ってないらしい。義援金を出した人も使い道に注文をつけられるわけでもないから文句も言わないんだろうが、はなから赤十字を信用していない自分としては赤十字を通すなら絶対出さない!
赤十字の使い込み事件は以前にもあったんであり皆さんお忘れになった方が多いんであきれてるんですわ。雪印にしても清水健太郎にしてもおんなじことで悪い奴はなかなか更生しないのは企業も個人も変わりないんである。
雪印の品は2度と買わないようにしている。東京電力もできれば使いたくない。電力が自由化になったら即刻他社に乗り換えるつもりだ。
ところで先日ポイントを義援金に変えてくれるJR東日本のサービス、あれはまさか赤十字にいくんじゃ~?確認とってもしそうならばキャンセルするか?ちょっと面倒くさいなぁ。
明日は高知旅行の打ち合わせで友人Tと飲む予定である。ということで高知県にゆかりのある作家の本をこの機会に読んでおこうと思いネットで検索してみた。
その中で気なったのが安岡章太郎、倉橋由美子、寺田寅彦。寺田寅彦は漱石の「三四郎」のモデルになった人で安岡は寺田と親戚関係にあるということだ。安岡のは高校時代読んでいるがまるで記憶がないんで再読しませう。倉橋はちょっと前から気になってたし、寺田は以前もってて手放した本を読んでみるかな。
今日は1本だけ。「ビヨンドサイレンス」。有名なドイツ映画であることは後で知った。
聾唖者夫婦の子供の成長物語。先日の「名もなき~」といい障害者の苦労話は見ていても辛いものだが特にコミュニケーションの歯がゆさったらないねぇ。それでも理性的になれば必ず通じ合えるものだということによるハッピーエンドは両作品に通じており難しい理屈抜きで観て感動する作品である。
話のテンポ、カットの繋ぎ、過去の導入部などそつがなく完成度も高い。
今夜のメニューは「肉団子とれんこんの煮物」、「豆腐とセロリとピーナッツのサラダ」、「もやしの味噌汁」、「大根の梅酢漬け」、「茹でそら豆」。
2011年5月25日水曜日
独学のすすめ
縄文時代のクワガタムシがほぼ完全な形で出土したそうである。奈良県御所町とか言うところらしいが写真で見る限りいいところみたいだ。
今年のスクーリングは散歩できる時間があまりとれそうにもないんだが、ちょっと無理したくなったな。
古代史は面白いがそれは独学の場合であり、好きな本を適当に読めるからであり、これが試験となるとまるでつまらなくなる。ちなみに今日のタイトルは今読んでる本の題名、加藤秀俊という人が書いたものであり30年前に買ったものである。
奈良大通信教育学部の試験は問題があらかじめ10問出されている。そのうちの1問しか出ないんであるがどれが出るかは試験が開始されるまでわからないんである。
だから10問の答えを全部出しておくほかないんであり、教科書全般にわたって出題されるケースが多く、結局全部読んどかなきゃならないんである。
この作業によって面白さを発見することもある。去年の例で言えば文化人類学。しかし今回の歴史史料学はいけません。何せ書き方が難しく難しく書こうとしてる意図が丸出しで参考書かネットがなけりゃとても理解不能なんであります。よくレポートが合格したと今更ながら自分をほめたくなったね。
今日はこの10問の中の1問を自分なりに頭で理解しておこうと図書館で本を取り寄せてもらい要所を読んで目的はほぼ達したが、その過程で添削されたレポートに明らかな間違いが見つかったんである。このことについては添削もされてないことから、ちゃんと読んでもらってないことが判明したんである。ということで試験に臨む意欲も15%は消えた。合格点は60点だから影響はないとは思うが...。
それでも今日も2本立て。
「ある子供」。チンピラが彼女との間に出来た子供を売ったり、餓鬼を使ってひったくりする話で.....なんだろうか?まるでなんと言うこともない作品である。有名な映画祭で大きな賞をとったとか....。賞はどうでもいいが賞もない映画である。時間の無駄でありました。
「ナチュラル」。アメリカの野球映画。随分前に見たはずなんだが、多分酒を飲みながらだったんで覚えてない(数ある)映画の中の1本である。主人公の16年間の空白よりも八百長の話ばかりが長いのが気になった。
今夜のメニューは「具沢山冷奴」、「きのこ混ぜご飯」、「麩ととろろ味噌汁」、「人参とちくわのきんぴら」。
今年のスクーリングは散歩できる時間があまりとれそうにもないんだが、ちょっと無理したくなったな。
古代史は面白いがそれは独学の場合であり、好きな本を適当に読めるからであり、これが試験となるとまるでつまらなくなる。ちなみに今日のタイトルは今読んでる本の題名、加藤秀俊という人が書いたものであり30年前に買ったものである。
奈良大通信教育学部の試験は問題があらかじめ10問出されている。そのうちの1問しか出ないんであるがどれが出るかは試験が開始されるまでわからないんである。
だから10問の答えを全部出しておくほかないんであり、教科書全般にわたって出題されるケースが多く、結局全部読んどかなきゃならないんである。
この作業によって面白さを発見することもある。去年の例で言えば文化人類学。しかし今回の歴史史料学はいけません。何せ書き方が難しく難しく書こうとしてる意図が丸出しで参考書かネットがなけりゃとても理解不能なんであります。よくレポートが合格したと今更ながら自分をほめたくなったね。
今日はこの10問の中の1問を自分なりに頭で理解しておこうと図書館で本を取り寄せてもらい要所を読んで目的はほぼ達したが、その過程で添削されたレポートに明らかな間違いが見つかったんである。このことについては添削もされてないことから、ちゃんと読んでもらってないことが判明したんである。ということで試験に臨む意欲も15%は消えた。合格点は60点だから影響はないとは思うが...。
それでも今日も2本立て。
「ある子供」。チンピラが彼女との間に出来た子供を売ったり、餓鬼を使ってひったくりする話で.....なんだろうか?まるでなんと言うこともない作品である。有名な映画祭で大きな賞をとったとか....。賞はどうでもいいが賞もない映画である。時間の無駄でありました。
「ナチュラル」。アメリカの野球映画。随分前に見たはずなんだが、多分酒を飲みながらだったんで覚えてない(数ある)映画の中の1本である。主人公の16年間の空白よりも八百長の話ばかりが長いのが気になった。
今夜のメニューは「具沢山冷奴」、「きのこ混ぜご飯」、「麩ととろろ味噌汁」、「人参とちくわのきんぴら」。
2011年5月24日火曜日
映画三昧がつづく
昨日観た映画の続き。「夢千代日記」である。エピソードをチェックしたら、やはり製作中に混乱があったらしい。
どうも主人公の描き方も不足がちに見えたのもそこにありそうな気がする。主役である吉永小百合と監督の浦山桐郎の間に主人公の描き方についての葛藤があったということである。被爆者である主人公を通して訴えたいのかどうなのかも中途半端で締まりがなくなったのもそこにあるのか?
彼女はこの監督のデビュー作「キューポラのある街」で映画デビュー、この作品が3作目である。監督はこの作品完成後日ごろの深酒がたたって死んでる。
死んでるといえばこの作品で印象に残る演技を見せた俳優の一人に田中好子がいる。映画の主人公は白血病で死ぬ。つまり血液の癌である。まるでこういう病気とは縁のなさそうな女優だったが...。
キューポラといえば工場地帯、といえば煙突。
実際は火力発電所の煙突が出てくる映画を今日観た。「煙突の見える場所」。
自分が生まれた年の作品である。おばけ煙突が作品中何回も出てくる。調べたら7.8年前にアニメ化された「鉄人28号」のオープニングにも登場してたらしい。
壊されてなければ千住新橋あたりだから今住んでるところからも見えたろう。エンディングで川面に揺れる4本の煙突は4大俳優を表してんのかなぁ。上原兼、田中絹代、高峰秀子、芥川比呂志。音楽は芥川也寸志。夫婦の摩擦が収まるまでのどたばた騒ぎであるが、戦争の傷をひきずるエピソードが伏線になっていて、テンポもよく面白い作品になってる。
わずかな濡れ場も適所に組み込まれ、それぞれの俳優の持ち味がよく出されてる。ただ、顔のアップが必要以上に多い。この時代の流行なのかな?
気を失った田中絹代の口に川の水を含ますシーンがカットであったが、あれはあの当時の荒川の水なんだろうが当時でも十分汚かったんではないだろうか?「楢山節考」の田中さんなら平気かな?
もう1本は夫婦の再生ドラマ、もっとも並行して911で家族を失ったもうひとりの主人公の話もかなりウエイトを占めてる作品が「再会の街で」。
サンドラーという男優がミスキャストという声はなかったんだろうか?自分にはそうとしか思えない。ただ精神を病んでるということで、その表現の仕方に関しては常人の想像に及ばないことも多いだろうが、それにしてもである。「パンチドランクドラブ」で主人公を演じた俳優であり、こちらのほうはぴったりはまってたんだが。
題材が非常にシリアスで扱いにくいところをこういう形で映画にすることも理解できかねる。夫婦再生ドラマだけのほうが良かったな。
911は無差別テロ、じゃあ国家による民衆に対してのテロは?
今朝、以前関わりのあったNPO法人からメールがあり、内モンゴルで大規模な抗議デモがあるとの事。発端は例によって漢族主導の会社の横暴に対する抗議をしたものが惨殺されたことによるものだとしている。新疆ウイグルと同じケースである。
中国はあまりに自分(漢族)中心過ぎる。これだけの他民族が共存してゆく道筋を立てられないなら自治区は開放してやれよな、と言いたい。温さんも帰っても休む暇ないなぁ。
デモの場所はフフホト、行ったことのある場所だ。マンホールに墜落しそうになった街である。実際落ちて死体が川か湖に流れ出たという話も聞いた。
旅行から帰ってから習慣となった朝のミルクティー。内モンゴルの定番である。白酒もこのとき覚えた。フフホトノの大学生との交流会は楽しかったし街自体団体旅行だったのでぶらつけなかったことが残念だったが、中国の侵略で汚されぬことを祈るしかない。
今夜のメニューは「夏野菜の大根おろし和え」、「とうもろこし主演のチヂミ」、「青梗菜のスープ」。
今朝、こともあろうに利用者さんの入れ歯で親指を怪我した。洗ってる最中にその鋭い金具でさしちまったんである。週3回行ってるところですっかり慣れて油断しちゃったんだな。他のヘルパーに申し送りするのもはばかれるヘマである。
どうも主人公の描き方も不足がちに見えたのもそこにありそうな気がする。主役である吉永小百合と監督の浦山桐郎の間に主人公の描き方についての葛藤があったということである。被爆者である主人公を通して訴えたいのかどうなのかも中途半端で締まりがなくなったのもそこにあるのか?
彼女はこの監督のデビュー作「キューポラのある街」で映画デビュー、この作品が3作目である。監督はこの作品完成後日ごろの深酒がたたって死んでる。
死んでるといえばこの作品で印象に残る演技を見せた俳優の一人に田中好子がいる。映画の主人公は白血病で死ぬ。つまり血液の癌である。まるでこういう病気とは縁のなさそうな女優だったが...。
キューポラといえば工場地帯、といえば煙突。
実際は火力発電所の煙突が出てくる映画を今日観た。「煙突の見える場所」。
自分が生まれた年の作品である。おばけ煙突が作品中何回も出てくる。調べたら7.8年前にアニメ化された「鉄人28号」のオープニングにも登場してたらしい。
壊されてなければ千住新橋あたりだから今住んでるところからも見えたろう。エンディングで川面に揺れる4本の煙突は4大俳優を表してんのかなぁ。上原兼、田中絹代、高峰秀子、芥川比呂志。音楽は芥川也寸志。夫婦の摩擦が収まるまでのどたばた騒ぎであるが、戦争の傷をひきずるエピソードが伏線になっていて、テンポもよく面白い作品になってる。
わずかな濡れ場も適所に組み込まれ、それぞれの俳優の持ち味がよく出されてる。ただ、顔のアップが必要以上に多い。この時代の流行なのかな?
気を失った田中絹代の口に川の水を含ますシーンがカットであったが、あれはあの当時の荒川の水なんだろうが当時でも十分汚かったんではないだろうか?「楢山節考」の田中さんなら平気かな?
もう1本は夫婦の再生ドラマ、もっとも並行して911で家族を失ったもうひとりの主人公の話もかなりウエイトを占めてる作品が「再会の街で」。
サンドラーという男優がミスキャストという声はなかったんだろうか?自分にはそうとしか思えない。ただ精神を病んでるということで、その表現の仕方に関しては常人の想像に及ばないことも多いだろうが、それにしてもである。「パンチドランクドラブ」で主人公を演じた俳優であり、こちらのほうはぴったりはまってたんだが。
題材が非常にシリアスで扱いにくいところをこういう形で映画にすることも理解できかねる。夫婦再生ドラマだけのほうが良かったな。
911は無差別テロ、じゃあ国家による民衆に対してのテロは?
今朝、以前関わりのあったNPO法人からメールがあり、内モンゴルで大規模な抗議デモがあるとの事。発端は例によって漢族主導の会社の横暴に対する抗議をしたものが惨殺されたことによるものだとしている。新疆ウイグルと同じケースである。
中国はあまりに自分(漢族)中心過ぎる。これだけの他民族が共存してゆく道筋を立てられないなら自治区は開放してやれよな、と言いたい。温さんも帰っても休む暇ないなぁ。
デモの場所はフフホト、行ったことのある場所だ。マンホールに墜落しそうになった街である。実際落ちて死体が川か湖に流れ出たという話も聞いた。
旅行から帰ってから習慣となった朝のミルクティー。内モンゴルの定番である。白酒もこのとき覚えた。フフホトノの大学生との交流会は楽しかったし街自体団体旅行だったのでぶらつけなかったことが残念だったが、中国の侵略で汚されぬことを祈るしかない。
今夜のメニューは「夏野菜の大根おろし和え」、「とうもろこし主演のチヂミ」、「青梗菜のスープ」。
今朝、こともあろうに利用者さんの入れ歯で親指を怪我した。洗ってる最中にその鋭い金具でさしちまったんである。週3回行ってるところですっかり慣れて油断しちゃったんだな。他のヘルパーに申し送りするのもはばかれるヘマである。
2011年5月23日月曜日
never change point of view~?
月曜日はサービスが10時からなんで午前中に試験勉強済ませ、天気の悪い午後はのんべんだらり。
国民年金をクレジットカードでの支払いに変えたら解約するはずだったカードのポイントが一気に上がった。一括払いなんで近頃ない金額のポイントである。
先月解約手続きを済ますつもりが7月まで期限があることから先延ばししておいたんである。
確かそのときのポイントではろくなもんがもらえなかったが、今回味噌をもらえることになった。しかも残りの端数は震災の募金にあてられるそうで完全に使い切った。タイトルの意味はまるで違うよなぁ。
決算すると2回のポイント交換と1回の更新手数料とで相殺されたようである。前回は桃のジュースだった。やはり食い物が良い。
ということで国民年金の引き落としカードの変更をしなければならなくなった。もっとも1年先の話である。
午後は映画を1本。
「夢千代日記」。浦山桐郎監督作品で確か「青春の門」で吉永小百合を撮ってた記憶があるんだが...。
主人公の取り巻きの人生が多くて詰め込み過ぎで肝心の主人公の悲壮感が出ない。ゆとりのない作品は余韻も残さない。脚本(早坂)がいけないんじゃないか?なぞる演出にも責任あり。しかし吉永小百合って人はきれいですなぁ。1度JR東日本の旅行でご一緒したいものですなぁ。そのための大人の休日倶楽部カード(今回解約の)ではなかったんですが......。
作品の最後に隠岐島が出てきてこれも懐かしかったな。そこから渡って境港。今日はその境港の写メールが友人Tから送られてきた。ゲゲゲの人気が冷めやらぬ様子である。
実際に水木しげるを見たのが調布の本屋だったんで、どうもゲゲゲっていうと調布のイメージが強くて鳥取というのに違和感があるんだがあちこちの地方がひとりの有名人によって町おこしになってることは喜ばしいことである。
今夜のメニューは「ふんわり卵の肉もやしのせ(焼肉味)」、「切干大根のサラダ」、「大根の皮のきんぴら」、「わかめの味噌汁」。大根だらけである。切干は去年実家で作ったもの。更に昨夜お隣から静岡産の大根を頂戴している。一流役者の映画を見た後は大根まみれである。
タイトルの英語はS&Gの歌の1節である。建築家Fロイドライトを歌ったものだったが建築学科の学生だったGを皮肉ったSの作品である。
国民年金をクレジットカードでの支払いに変えたら解約するはずだったカードのポイントが一気に上がった。一括払いなんで近頃ない金額のポイントである。
先月解約手続きを済ますつもりが7月まで期限があることから先延ばししておいたんである。
確かそのときのポイントではろくなもんがもらえなかったが、今回味噌をもらえることになった。しかも残りの端数は震災の募金にあてられるそうで完全に使い切った。タイトルの意味はまるで違うよなぁ。
決算すると2回のポイント交換と1回の更新手数料とで相殺されたようである。前回は桃のジュースだった。やはり食い物が良い。
ということで国民年金の引き落としカードの変更をしなければならなくなった。もっとも1年先の話である。
午後は映画を1本。
「夢千代日記」。浦山桐郎監督作品で確か「青春の門」で吉永小百合を撮ってた記憶があるんだが...。
主人公の取り巻きの人生が多くて詰め込み過ぎで肝心の主人公の悲壮感が出ない。ゆとりのない作品は余韻も残さない。脚本(早坂)がいけないんじゃないか?なぞる演出にも責任あり。しかし吉永小百合って人はきれいですなぁ。1度JR東日本の旅行でご一緒したいものですなぁ。そのための大人の休日倶楽部カード(今回解約の)ではなかったんですが......。
作品の最後に隠岐島が出てきてこれも懐かしかったな。そこから渡って境港。今日はその境港の写メールが友人Tから送られてきた。ゲゲゲの人気が冷めやらぬ様子である。
実際に水木しげるを見たのが調布の本屋だったんで、どうもゲゲゲっていうと調布のイメージが強くて鳥取というのに違和感があるんだがあちこちの地方がひとりの有名人によって町おこしになってることは喜ばしいことである。
今夜のメニューは「ふんわり卵の肉もやしのせ(焼肉味)」、「切干大根のサラダ」、「大根の皮のきんぴら」、「わかめの味噌汁」。大根だらけである。切干は去年実家で作ったもの。更に昨夜お隣から静岡産の大根を頂戴している。一流役者の映画を見た後は大根まみれである。
タイトルの英語はS&Gの歌の1節である。建築家Fロイドライトを歌ったものだったが建築学科の学生だったGを皮肉ったSの作品である。
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