2009年9月24日木曜日

高血圧ガール!!

腰も含めて体調がよろしくないんで近所の内科へ検診を受けに行った。血圧が高め。2週間計測してから再来するよういわれその間生活を摂生(酒を節制)して効果がないときは投薬も考えるとのこと。

 コレステロールだけかと甘く見ていたのが良くなかったようだ。

 帰宅して5月の検診の結果を詳細にわたり確認したところ、危なっかしい数値が何箇所もあったんである。この夏、かなりそれらの数値が悪いほうに伸びていることは容易に察知できる。

 メタボ、生活習慣病、脳血管障害予備軍、椎間板ヘルニア、アル中等不安材料はたくさんあったにしても、失業してまもなく1年、健康体もとうに失ってしまったようである。

 26日から出かける由を伝えたところ、来月1日から測定開始、15日に再診ということになった。


 とりあえず昨夜と今夜は禁酒である。

 今夜のメニューは”フライパンでビビンバ”、”アサリの味噌汁”。同居人に受けたビビンバは牛のこま切れのレシピを合いびき肉にアレンジしたもの。
 夕方時間が余ったんで同居人が苦手な和梨(洋梨はOKなのにである)を何とかしようとネットでレシピを探しコンポートに仕上げたところ、こちらも受けた。バニラアイスを買いに走らされたが。

2009年9月23日水曜日

寅さんのお墓参り







20日はYさんご夫婦と門前仲町で飲み会。その日は(も)暇があったんで昼食を済ませてすぐ出かけ、1時には清澄白河に到着し、数ある寺を通り抜け深川北スポーツセンターまで散歩。






 21日が祭日で水泳教室が休みなんで、代わりにここで1時間ばかり泳いだ。とてもきれいな施設で2時間300円と料金も安い。同じ室内にジャグジーもあり、充実している。のぞきはしなかったがトレーニングルームも良いんだろうな。






 そこから越中島までぶらぶらして親水公園沿いにある銭湯で一風呂浴びてからYさんご夫婦と合流。2軒目で沈没。









21日は同居人の高校の文化祭へ乱入。同居人の姉と部活である”ハンドベル”のコンサートを聴きに行った。上手下手は分からないが、たまにこういうのもいいものだ。



 終了後同居人の姉と表参道をぶらぶらし、絵本専門店と有機野菜販売店やレストランなどが入ってるビルで過ごしてから、神保町へ移動し中華やで昼食、近くの喫茶店でお茶してから解散。



 牛久へ向かい、老夫婦の様子伺いを済ませてからTVで”未知との遭遇”を見ながら、ビール、まずい紹興酒(池袋で購入したもの、どうもうまいやつがない)、ウイスキーで緩やかに沈没。






22日はHさんとHさんの母上、息子さんご夫婦とお子さん総勢6人、小岩で会食。約束の1時間以上前に到着して南口の放射状に通ってる商店街を歩き、はずれにあった銭湯で一風呂浴びた。ここの売りだとかで”軟水”の初体験。解説どおり石鹸の泡立ちが良すぎて、流すのに手間取った。良くそうに入ると全身がぬるぬるになりびっくりした。あがって主人の自慢であるジオラマと実際に走らせてる鉄道模型を眺めてから出た。惜しむらくはビールを置いてない。                              さて、場所は自分の希望を通していただき”ワラポーン”というタイレストランにしていただいた。



 ところが来月始めに改装するんだとかでシンハーはないわメニューの一部は作れないとかでちょっとがっかりさせたが、出てきたものは皆うまかった。ネットでの評判どおりである。






 Hさんの息子さんと残って近くの焼き鳥屋で日本酒を大徳利2本ばかりで沈没。目が覚めたら横浜であった。多分秋葉原で京浜東北線を反対方向に乗ってしまったんだろう。とにかく駅周辺はカプセルもなく、しかたなく歩いていたら駅近くにエロ映画館がオールナイト興行していた。ここで座席に着くと即眠ってしまい、終了時間に映画館の人に起こされた。40年ぶりに入ったのに何もみないで出てきてしまった。帰宅は5時過ぎてた。






 23日は遅く起きて、遅い朝飯。午後は青山へ自分の先祖の墓参りに出かけた。ちょっとリフォームする予定で実際石をひくのにどのくらいの量が必要か確認することもかねてのお参りである。






 その後は暇なんで千代田線でその先、豪徳寺まで足を伸ばした。ヘルパーの講習で一緒になった人から”松蔭神社通り”という商店街の話を聞いていて、なおかつ東急世田谷線(路面電車)にも乗って見たかったんで今日の散歩と相成ったわけである。



 商店街自体は小規模であり、歴史もそれほど感じられないが、こぎれいであり住民も平均年齢は荒川区などより低いんじゃないか?



 それより松蔭神社が想像より立派なものなんで驚いた。松下村塾も片隅に原寸大で建てられている。松蔭の本名は寅次郎である。墓参りもしてきた。






 そこから三軒茶屋を抜けて下北沢へ行くつもりが、親水公園が気になり、それに沿って終点まで歩いたら道を間違え代田へ出てしまったんで下北沢まで電車で一駅移動しそこからぶらぶら三軒茶屋を目指した。以前来たことのある下北沢にはあまり興味がないんで素通りしてしばらく行ったところでコインランドリーに隠れて通りからは見えない銭湯を発見。



 昔の姿そのままのいわゆる普通のお風呂屋さんである。天井が高く、浴槽は二つ。富士山の絵、その下のタイル張りの壁にはヨットが描かれてる洋風のもの。男女を隔てている壁には帆掛け舟がたくさんの和風のものという、まったくまとまりのないものというのも古さを感じられて良し。



 ここも風呂上りのビールを堪能できないので仕方なくラムネ。









 今夜のメニューは”油揚げに生卵を入れて大根と一緒に煮たもの”、”キャベツと魚ソーセージの炒め物”、”たまねぎの味噌汁”。

2009年9月20日日曜日

まさに実学、だが財布に諭吉は不在

とにかく昨日で二つの講習を終えた。訪問介護ヘルパーの実習は、いい年こいて恥ずかしいコメントではあるが、良い社会勉強をさせてもらった、というしかないか。
 施設(特養ホーム)では若い職員の働きぶりを見て、彼らの報酬を含めて実情をある程度聞き知っていたんで彼らを取り巻く環境を改善できずにいる行政に対し強い憤りを覚えずにはいられなかった。
 離職率の高さ、身体の故障、劣悪な勤務時間体系、給与等。

 あれだけ納めた俺の税金は何に使われているんだよ。ダム以前の問題だろうが!

 施設での仕事はわれわれ年寄りに出来ることはわずかしかない。というよりボランティアの範疇であろう。

 比して訪問介護は、年寄りでも出来ることは多々あると思う。前向きに生きている独居高齢者を手助けすることに生きがいを感じているヘルパーも多いだろう。そしてそれがたいした額でもないにしても生活の足しになればなおさら良いと思う。

 しかし家族を養うとすれば別問題であり実情は施設と同じく非常に厳しいものがある。講習を共にした他の3人も半ばあきらめ気味に現実と向き合う羽目に陥った。

 さてもうひとつの講習は福祉用具専門相談員であるが、これは40時間の講義であったが内容は介護ヘルパーと重なる部分がかなりあり、なおかつ国家資格である”住環境コーディネーター”とセットで持っていなければあまり実用的ではなく、社会的にも重要な資格だとは思えない。

 ここで共にした2人の男性も厳しい現実を思い知ることになったわけである。

 11月にある国家試験を受ける自分はこれらの資格で生活費を稼ぐなんてことははなから考えていないどちらかといえば不真面目な受講生であったが、これらの学習に対しては極めて真面目に向かい合ったと思う。なぜなら明日はわが身に訪れるであろう老化に関する予習のようなものである。

 硬直化が始まり、ベッドの上で縮んで丸くなった老人の排泄の世話などを手伝いながら、自分の子供たちの赤ん坊だったころのことを思い出していた。同じようなものであるからだ。
 認知症の中には子供に戻ってしまう人も多いと聞いている。見も心もそうして元に戻ってしまうが、母親の体の中には戻れない。だから悲しいのか。死ぬこと自体は悲しくもなければ怖くもないが、自分が戻る場所がわからないのが怖いから、死にたくなく生き続けたいのだろうか?
 死にたがっている老人はいなかった。

 スプーンを目の前にかざすと舌を出して欲しがる老人。”美味しい”と聞こえたような気がした。見つめる瞳は本当に俺を見てるんだろうか?
 入浴介助した老女は食事のときわざわざ呼び止めて俺に礼を言ったが、すぐにその記憶も消えてしまうんだろう。
 身の上話を始めながら泣き始めた老女は、2分後には他の老女と歓談してた。

まぁ、この程度の経験は実習でみんなが経験することであろう。だからこそ多くの人にも経験してもらいたいものである、特に政治家には。
 学校教育にも取り入れてもらいたいものである。家に年寄りがいなけりゃ教えることが出来ないんだから。

2009年9月16日水曜日

実習2日目は...

 ともかく落ち着いてからレポートをつづろうと思う。若干筋肉痛。 

 特養レポートかぁ、 現在介護職ブームなんでネット上でも氾濫気味?

 同居人の通う高校が今週はじめから休校(一部クラス)となり、明日から復帰の予定が先ほど延長になったとのこと。インフルエンザ、身近なところまでやってきたみたいだ。

 今日、ようやく取れた久米島行きのツアー、台風も怖いがインフルエンザも怖い。

 ってなわけで今夜は自宅でアルコール消毒!

2009年9月15日火曜日

実習初日でダウン?

朝から調子が悪いと思ってたら、外を見て納得した。低気圧のせいなんだ。

 というぜっ不調でないにしても、右足を引きずり気味にヘルパー実習施設へ。

 疲れた。詳しくは次回に。

 ってな訳で夕飯製作は休業。同居人と近くのファミレス”かもめ食堂?”へ。昔はかもめといったらみんなこの名前だった。

 それでも帰宅後、明日の昼と夜のため(もちろん同居人のため)に2品製作。”ひき肉とかぼちゃのカレークリーム煮”、”鶏飯(鶏肉を煮たスープで米を炊いたもの、シンガポールの名物料理となってる)”。これも初挑戦で、フライパンで作るってのも新鮮で面白かった。パエリアにしても先日の秋刀魚の炊き込みご飯にしても、これらのレシピはとても興味深い。
 明日の朝付け合せやサラダを製作すれば完璧?お膳立てが出来りゃ明日も明後日も特養での実習で終了は6時であり、すぐには帰られそうにもないので、気持ちは少し楽に。

2009年9月14日月曜日

ヘルニア酷物語

このところずーっと腰の調子が悪い。座学が多かったせいだとは思うが、塗り薬やシップなどで対応しているもののどうも効き目も良くないようだ。今週で二つの講座を終了できるんで、昨日あたりネットで久米島ツアーを検索し24日あたりから休暇(毎日が休暇なんだがな)を沖縄でとろうなんて考えてるんである。

 昨日の講習で隣になった人から高知の良さを聞かされた。ここもはずせないよなぁ。何せ四国はとば口しか行ったことがないんである。季節も悪くないよなぁ、戻りかつおの時期じゃないか。この日は刀削麺が売りの中華屋で一緒に昼をとった。

 久米島か高知か医者か?

 昨夜は同居人がデーズニーなんとか行って友人と夕食をとるということで、自分も大塚で講習の後済ますつもりでぶらついて見た。何度かぶらついたが入ったことのない店が多く迷って、やきとんの看板につられ入った。

 七輪での焼き物はとりあえず”しろ”をたれで380円。生。”せんまい刺し”、”もつ煮込み”。しろはお粗末そのもの。せんまいのたれはしょっぱくて食えたもんではないんでやきとんのたれが目の前にあったんでそれで代用とした。煮込みもどうでもいいようなもの。冷酒もらって頭冷やしてから出た。

 ついてないなぁと思いながら斜め前の中華やで麺でも食って帰るつもりだった。ところがメニューのおつまみが200円均一が目を引き、さらに白酒がグラスで供されていることが判明。
 結果、”びーたん”、”辛い水餃子”、白酒3杯、”坦々麺”。

 早い時間なのに酔っ払ってJRに乗ってしまい結局神奈川県までプチ旅行をしてから帰宅した。都電で15分。JRで3時間?


 今夜のメニューは”秋刀魚の炊き込みご飯(フライパン使用の初挑戦もの)”、”マスタード冷奴”、”春雨とキャベツのサラダ”、”大根の味噌汁”。
 今朝だし汁をとったんで昆布と鰹節で佃煮風のものも製作。

 今日の水泳教室でも軽くつった。やはりヘルニアからきているので良くないようだ。やっぱり医者かな?

2009年9月12日土曜日

コミュニケーション対ノミュニケーション

昨日は 同居人の携帯の買い替えのため夕方池袋へ出かけた。場所が池袋南口の近くで、以前から気になる場所へよることにした。
 一軒目は中国茶専門の喫茶店。新聞にも載ったことがあり、経営者はもちろん中国通の日本人女性であることまでは予備知識あり。地図もなかったんで結構歩き回るかなと思っていたら、もう一軒を先に見つけてしまってからほんの2.3分後に見つけてしまった。
 2階にあるその店は窓際に沿ったテーブルのほか小さなテーブルが2.3あるだけで狭い事務所みたいな感じである。台湾製であるという電熱ポットが全部で10個ぐらい散らばっていて客が茶葉をチョイスするとそのポットから湯を継ぎ足して何杯でも飲めるし、何時間いてもいい店なのである。
 茶葉は1500円から2500円くらいだからものすごく高い気がした。が、これもいいかなと思った。店の中は扇風機が回ってたり音楽のセンスも耳にうるさくないものだし、雰囲気は慣れるとのんびり出来そうなところである。店主の話も面白い。

 その時間の客は自分ひとりだったんで、彼女の中国行脚のいくつかのエピソードやお勧めの土地の話などしてくれた。旅のスタイルが似てるんで、その土地へ是非訪れて見たいものである。

 それは広東省、潮州。初めて聞く名前である。

 ここで待ち合わせしていた同居人からメールが入って移動。お茶代は2000円也。



 もう一軒は用事が済んで、さらに用事がある同居人と別れた後寄ってみた。立ち飲み居酒屋である。南口の土地柄ゆえ年齢層が低い。これが西や北なら寄ることはなかったろう。飲み物は一応全部そろってるし、売りはやきとんのようである。池袋にはこれが多く老舗も西口にある。
 カウンターで生ビールをまず一杯。二杯目でシロをたれで。〆は日本酒を冷で一合。まさに親父の飲み方。帰宅して食事する予定があったんで、ここであがり。酒代は1380円。値段は庶民的でやきとん一本80円は荒川区貧乏地帯と同じである。

 2軒の寄り道で合計1時間足らず。おのおの30分として、今回はお茶がアルコールに勝ったようだ。ちょいと一杯もたまにはうまいが、やはりコミュニケーションつきが楽しいものだ。

2009年9月9日水曜日

昨天の続きの博客(ブログ、中国語)


 これまで何度となく訪れた土地であるにもかかわらず見るものが新鮮に思えたのも移動手段が違うからだろう。近所の門前仲町や越中島までは車以外でも来てるんだが、月島へ電車で来たのは初めてである。下の娘が小学生だったころ車に自転車を2台積んで、駐車場(多分スポーツハウスの近所)に停めて散歩したり、同じことを単独でしたり、ただ車で家族で訪れたりしたものだ。佃煮やに行ったのも家族で来たときだった。
 ボーっとしていた高齢者の彼らはまるで住みにくくなった東京をただ茫然と見てるしかないのか?と思える。この月島の変貌ぶりは小道の住宅を四方から囲み踏み潰してしまうかのようにコンクリートの塊がそびえたち、彼らの力も遠く及ばぬ強力な暴力で彼らを骨抜きにしてしまったのか?
 高齢者社会になろうとしているにもかかわらず、勘違いしている国なりその手の有識人は高齢者の性がまるで分かってない。2015年までに高齢者になろうとしている人の原風景を想像してみれば分かること。ごく一部のセレブを除きほとんどが貧乏だった人たちの原風景を想いだすことも無理になってしまったほど、高度成長社会に飲まれてしまったのかな?
 月島を訪れて、自分の中に確信めいたものが沸々と沸いてきた。もっと明確な表現で外に向けて発信したいと思う。
 今夜のメニューは”サトイモとイカの煮物”、”アボガドと豆腐のサラダ”、”ほうれん草と揚げの味噌汁”。


 

念願の月島

月曜日、知り合いの飲み会に飛び込み参加させてもらった。場所は月島、もんじゃのメッカとされているところである。が、開催場所はもんじゃ屋ではない。
 現在住んでいる荒川区でももんじゃ屋が多く、都電の観光紹介で必ずといっていいほどセットで紹介されるが、餓鬼の食い物と思ってる自分にとってもんじゃに1000円も払って酒で流し込むようなことはしない。
 早めに出かけ月島周辺をぶらついてみて気がついたことがある。高齢者が横丁から顔を出して突っ立っている光景を何度も見て、その後ろに見える細い路に面した古い家屋から出てきてることは推測できるが息抜きなのかな?寝たきりより良いが、それにしてもうつろなんである。視線を合わせて挨拶しようにも目がうつろなんである。

 恒例の銭湯巡り、月島温泉に到着。湯は2階にあり、1階に月島観音があり賽銭出してお参りしようと思ったら、先客ありでちょうど賽銭を入れたところだった。その後が長かった。40台のご婦人である。
 およそ3分。ずっと手を合わせお祈りしてるんである。狭い通路のつまりにある社なんで並んでお参りするわけにも行かず、ただ突っ立って待っていたがこれも初めての経験である。
 お参りが済んで振り向きざまにこちらに一言かけたが、自然な語り口で悪い気はしなかった。ただ何を祈っていたのかが知りたかったな。

 風呂は意外にも年齢層はそんなに高くもなく活気があって明るくきれいであった。狭いのは仕方ないにしてもサウナ、露天薬湯もあり、申し分なし。
 風呂上りは缶ビールで置いてある新聞や雑誌に目を通しながら冷をとる。ワンパターンである。後で友人に聞いたところでは、築地が近く仕事を終えた客が多いから平均年齢が低めに抑えられてたんだ。
 もう少し時間があれば佃煮を買いに行っても良かったが、風呂から上がって一休みしたらちょうど飲み時間になった。駅から近い焼き鳥やである。
 全ての部位をたれで1本づつ注文してくれ、これに相手が鳥だけにビール、燗酒で迎え撃つ。たれがあっさりしていて、いわゆる赤提灯のどろっとした不健康な感じがしない、素材を生かしたもので美味しい。もっとも酒は不健康な量をいただいてしまった。   毎度のことであるが。
 

2009年9月5日土曜日

追伸

 今、ネットニュースを見たら何とペッパーランチで食中毒発生、とあるではないか!

 実は今日のランチはO駅に隣接するペッパーランチでとったんである。そういえばハンバーグランチ(で、良かった)をほおばってるとき、自販機のチケットが出ないと苦情をもらしに店内に入ってきて、店長らしき男性が”角切りステーキ”はトラブルがあり発売休止であることを告げ謝罪していたのを想いだした。角切りステーキは880円、ハンバーグランチは650円。今日は財政厳しかったんで、それが幸いしたんである。

初めなんとかなりゃ、すべて.......

危なく遅刻しそうになった。今日は福祉用具専門相談員の講習初日だ。昨夜は12時まで神楽坂で飲んでいて帰宅は1時を回っていたと思うが、かなり酔っていたんで定かではない。ただ帰り道だけははっきり覚えていたんで良い飲み方したんだと思ってる。飲む前のぶらぶら散歩と銭湯もよかったのか。
 このパターンは良い。飲んだら風呂は身体に良くないから、飲むと決めたら飲む前に浸かる。飲むなら浸かるな。浸かるなら飲むな。公衆浴場組合の標語にどうだろう?

 何とか起きたのが5時、7時には出かける支度は出来ていた。受講は9時から。初日は少し早めに来るように言われているので、都電で30分として、駅の目の前なので8時に出れば間違いはあるまいと思いながらソファでのんびりしてたら寝てしまった。はっとして時計を見たら8時を20分も回っていた。およそ30分気を失っていたわけである。
 即家を出たが、到着は開講1分前であった。空いた席は1番前。二日酔いの身としてはつらい1日であった。8時間でおよそ12回以上は気を失った。

 てなことで今夜は夕食は製作せず、同居人に講習のある町までご足労を願い外食とした。O駅周辺は中華料理屋が多く、3軒くらい知っているがそれのどの店もうまい。ただ一番うまいと思っていた店は閉まっていた。
 今夜は寿司。この界隈では結構繁盛している店で、雰囲気も庶民的で悪くない。これだから回転寿司に足を向けることはない。2人で3人前の桶をたのみ、その他に同居人はうに、自分はこはだを別に握ってもらった。昨日あれだけ飲んだ日本酒のヌル燗、今夜も大徳利で。
 しかし量が多かった。もちろん寿司のことである。予想以上に多く、なおかつ同居人の好き嫌いが災いして許容量の2倍は腹に詰め込んだ。帰り道の身体の重いこと。4日間のジムも5日目でスタートに戻ったようである。

2009年9月3日木曜日

次の日の筋肉痛はまだ若い?


内腿が痛い。今日トレッドミルで走り始めて感じたが、この痛みがヘルニアからくるものでないことはすぐ分かった。明らかに筋肉痛である。昨日のスイミングによるものである。

 それでも無理がないよう時速11kのペースを守って楽して30分走った。今日は時間もなかったんで30分で終えたが、さらに走ったとしても1時間が限度である。スイミングもしかり。飽きてしまうんである。かといっておもてを走れば膝と腰が心配だし、泳ぐ場所があったとしてもほかの遊びを探したりして泳ぎもしないだろう。

 許容体重を2k上回った時期もあり、心配していたがこの3日間で元に戻った。やはり3週間のブランクは50代にはきつい。毎日体力が落ちているのが自覚できるようになるかもしれない。この落下速度をいかに落とすかが課題であり、週2回のトレーニングは欠かせない。

 昼食は同居人の学校が始まったんで孤食。”ケーンカリーカイ(鶏のカレー、ご飯はタイ米)”、”煮豚”、”昆布と鰹節の佃煮(だし汁の廃材)”、”サラダ(野菜にレモン汁をかけたもの)”、”某社のストレートジュース(ギフト解体ものの特売品50円)”。

 夕飯のメニューは某醤油会社が発売しているレトルト調味料を使用したもの”ナスの肉味噌炒め”、”厚揚げの香味野菜たっぷり乗せ”、”小松菜の味噌汁”、”めかぶのポン酢あえ”。レトルト物は残された。臭いそうである。自分には分からないんだが。

 読みかけの本が多すぎていけない。途中で気になる本に手を出すもんだから現在5冊になってしまった。今夜そのうちの1冊が終わるはずだ。吉村昭のエッセイ。
 介護の勉強をはじめてからなおさらのこと”尊厳死”について考えることが多くなった。そのことについて言及した講師の方もいた。例の奈良大学の65歳の学生でもある方だ。個人的な意見は出さず一般論を紹介しただけではあるが。
 吉村氏は自分でライフラインであるチューブを自ら外し死んだ人である。2.3箇所、死について考察したものがあるが尊厳死に触れたものはなかった。どうせ死ぬなら死に方は選びたいものだと生前のたまう方は多かれど、認知症になっちまったらとことん生かせてもらえるんである。遺言状に記載がなければ(あってもだめな場合もあるらしい)生かせてもらえるんである。
 しかも認知症は確実に増えている。

 自分の施設実習場所の入居者60人は全員認知症だ。ADL(行動的日常生活)、QOL(生活の質の向上)が認知できない人たち相手に尊厳死肯定論者はどんな対応を偽装せねばならないんだろう。


 視線で文字を示して会話したり本を書いたりした人の記事が先日のA新聞に載っていたが、こういう特殊な人と比較できるもんじゃないことは分かってるんだが、どうにも割り切れない。
 腰のすわらぬヘルパー講座受講生の愚痴である。

 

 

2009年9月2日水曜日

健身房(ジム)再来

昨日、3週間ぶりにジムで汗を流した。決して無理しないように気をつけてするつもりが結局同じメニューをこなしてしまった。特にトレッドミルでは、11kで始め12kまで早めて30分のランで上がった。
 念入りにしたのはストレッチである。これこそトレーニングの基本中の基本、手を抜けば次の日に影響が出、その後のトレーニングにも支障をきたすんである。
 
 今日は久しぶりに身体を動かせたこともあり、すこぶる調子が良い。目覚めも良かったし朝の定期便も快腸。平日の休みは今週を過ぎるとまた取れなくなるんで今日も水泳に出かけた。昨日の筋肉をほぐすためと心肺能力を高めるためである。
 学校も始まり空いていたんでコースは楽に確保でき、1時間強を泳いだ。元水泳部の長男から受けたアドバイスを途中から思い出し実践して見たところ、上半身を伸ばし気味にしただけで効果が出て、推進力アップした。が、ちょっと力が入ったせいか疲れたんであがることにした。

 教室がある日に顔なじみになったお兄さん2人組と久しぶりに会って挨拶を交わした後、15分くらい一緒に泳いだ。本当に元気な先輩たちである。上がり際に会ったのは同じクラスのHさん。75歳の彼は水泳教室を3クラスくらい受けているやはりタフな先輩である。この3人は介護認定されず、介護保険かけ損のぴんぴんころり候補生であり、見習うべきこと多い。

 昼食を同居人と済ませ、午後は大塚へ行き、福祉用具相談専門員の受講料を支払い、池袋まで足を伸ばし買い物を済ませてから”知音食品”に寄った。池袋北口の中国食材専門店である。新宿や渋谷にもあり、新宿へは先日寄った。が、品揃えは池袋のほうが断然良い。
 今日の買い物。”腐乳”、”紹興酒10年もの”、”おこげ(揚げる以前のもの)”、”豆のお粥の缶詰”。腐乳はお粥を食べるときに必要不可欠な物となっている(もちろん1人のみ用)。おこげとお粥の缶詰は介護食として試食して見ようと思って買ってみた。

 特に嚥下障害がある高齢者向けの食材は調理の仕方の工夫で提供されている場合が多く、そのもので食欲をそそるものがないように思える。これが中国や東南アジアなどの料理から選べるとしたらすごいんじゃないか、と思っている。
 天津で食べた朝飯のお粥の店を思い出した。高齢者も多かったなぁ。種類も豊富で、食の大国中国を見たような気がしたが、いかに大都市とはいえ天津などほんの一部なんである。福祉の取り組みの状況などは知らないが、少なくとも調理法や料理などは未知なものがたくさんあるんだろうな。嚥下障害用料理などその中にずいぶんとある気がするし、そのものでなくともヒントがあると思う。


 今夜のメニューは頂き物のサツマイモが主役。”サツマイモとねぎと豚肉(魚肉ソーセージで)のオイスターソース炒め”、”サツマイモミルクスープ”、”パスタサラダ”。
 

2009年9月1日火曜日

どうせやる奈良。

やっとのことで”古寺巡礼”を読み終えた。平行して何冊も読み始めてしまったんで収拾がつかぬ状態の中で、である。感動したことを読者にも通じるように書くことが出版する側の当然の義務であると思っている自分としては満足の1冊であった。ますます奈良に惹かれるものが強くなった。
 ヘルパー講習の何人かの講師の中で、Iさんは熱意を持って仕事に臨むことなど、われわれに期待の弁を振るわれたが、受講生の中で何人が残るかは大いなる疑問である。
 かく言う自分も、実習を前にして生業とすべきかは結論が出ていない。それより、Iさんが奈良大学で勉強していることを余談で聞いて以来、そちらの方に興味がある。
 
 昨年奈良へ行ったのも、明確な目的があったわけではないが、漠然とした奈良や古代史に興味はもっていたんである 。Iさんの話を聞き、早速奈良大学の入学要綱を取り寄せ、目下検討中である。

 今日は午前中に買い物を済ませ、引きこもり調理。”煮豚”、”タイのカレー(ケーンカリーカイ)”このカレーは今年初めて作った。煮豚は豚バラが特売だったんで作ってしまった。

 今夜のメニューは”メカジキのレモン醤油焼き”、”焼きナス”、”なめこの味噌汁(同居人の希望で豆腐追放、なめこのみ)”、”冷奴”。